妖怪学入門
第十章 終章(エピローグとして)
 河童について考えるようになって、すでに20年以上が経過しています。
 始めは、民話や伝承を読むことが好きで研究が始まり、河童はその一部としての存在でしかありませんでした。
 河童連邦共和国という組織に誘われ、入会した頃から、主流が河童になっていったのですが、いわゆる、河童グッズを積極的に集めるといった、コレクション趣味は、今でもありません。『物』派ではなく『ことば』派なのです。
 さて、河童に限ったことでは無いのですが、いわゆる、民話や伝承が、積極的に集められたのは、明治の後期から昭和の高度成長期が終わる頃までです。柳田國男氏が指導し、全国規模で、大々的な収集が行われました。そして、普通の読者ならば、一生かかっても読みきれないほどの論文が出版されています。そんな意味では、例えば、河童についてでも、ほとんど、民俗学的な研究は終了しているのです。
 最近でも、時々、河童に関する書籍が出版されてはいますが、それらのほとんどは、数十年も前に結論が出ている内容の焼き直しに過ぎません。
 そもそも、民俗資料である民話や伝承も、収集され、印刷物になったとたんに、死んでしまったのです。『ことば』が、『文章』として、紙の上に固定され、新たな、民話や伝承は、ほとんど、生まれなくなってしまいました。
 今でも、観光地などに行くと、『語りべ』などと呼ばれる芸能者が、民話を語っていますが、それらの民話は、生きている民話ではなく、数十年も前に、すでに死んでしまった、ミイラのような話を、繰り返しているに過ぎません。
 私が、民俗学の学習者として、考えていることは、殺されて(口承文芸であるのに、文章化したことが、息の根を止める原因になった)しまった民話や伝承を生き返らせ、現代の価値観によるそれらを、再生産できないのだろうかということです。
 河童も、今は、死んでいるのです。
 もし、生き返るとしたら、妖怪たちは、どんな姿で復活するのでしょうか。河童にしても、頭に皿は無く、甲羅も無い、『宇宙人のような河童』になるのかも知れない。おそらく、現在の子供にとっては、その方がリアリティが有るのではないか。そんな風に感じています。
 今、必要なのは、21世紀を見据えた妖怪学です。大学において、教授の椅子にふんぞり返っている民俗学者達の、誰もが、考えてもいない、視点を変えた妖怪学の考察が、必要な時代に入っていると、私は考えています。