河童四方山話


河童と私に関する四方山話を書き綴ってみました。
なお、過去分は適時削除し、残したいものだけを表示しています。


  河童大学名誉学位    2008/05/06

 河童大学では、学位規定をもうけ、博士ほか学位を定めています。また、これに併設する形で、名誉学位も制定しています。

 今回、旧上野かっぱ村村長であり、河童博物館に多数のコレクションを贈与していただいた、二川文子さんに河童大学河童学名誉博士を、その 娘さんであり、『酒亭 ふ多川』の女将でもある、二川文子さんの河童文化に対する知識が、河童大学文学部卒業に相当するとの認定から、 河童大学河童学名誉学士の学位を贈呈することになりました。

 授与式は、恒例の『酒亭 ふ多川 河童飲太郎祭』当日に行います。今年の夏の予定です。

 



鴉天狗(からすてんぐ)と河童      2007/09/07

 何か、面白いものは無いかと、インターネットのオークションをウオッチしています。

 『河童』でオークションサイトを検索するのですが、表示される物の中に、明らかに『鴉天狗』と推察される面やこけし、置物や絵があります。

 確かに、地方によっては、夏の農耕のシーズンは里に降り、子供くらいの大きさで、水中に棲み『河童』となり、秋の取入れを終わった後は、山に入り 羽が生えて木上に棲む『鴉天狗』になる。そんな伝承が残っているところがあります。いずれにしても、落ちぶれた神様、もしくは、神様の従者です。近いといえば近い。

 でも、河童は『河童』ですし、鴉天狗は『鴉天狗』ですよね。

 もっとも、河童と違って、鴉天狗が話題になることは、昨今、めったにありません。親分である『天狗』ですら、マイナーになりつつあるのですから、いたしかたがない。

 『鴉天狗』を知らない若い人達が、それを、『河童』と見間違える(知らないのだから、正確には間違っているとは言えないかも知れませんが)のも無理からぬことなのでしょう。

 とまれ、『河童』のコレクターは多数いますが、『鴉天狗』のコレクターはいるのでしょうか。

 これから、何かを集めるのなら、『鴉天狗グッズ』なんて、穴かも知れませんね(^0_0^)


ふ多川河童飲太郎祭
 2007/08/27  湯島『酒亭 ふ多川』にて
 毎年、夏のこの時期、東京は湯島にある『酒亭 ふ多川』では、『河童飲太郎祭』が開催されます。

 写真左に置いてある河童像『飲太郎』をご神体とした河童祭です。

 今年の参加者は述べ12名(途中で帰った人もいらっしゃいました)。ご神体の『飲太郎』にお水と胡瓜をお供えし、その後は、飲んで 騒いで(^ム^;)

 湯島の夏の夜は、楽しく過ぎて行きました(^0_0^)

横倉 正 河童展      2007/03/28


 益子で、河童の陶芸を焼いている『横倉 正』氏から河童展のご案内をいたできました。

 河童の焼物の伝統を受け継ぎながら、かわいいだけの河童でもなく、おどろおどろしい妖怪の河童でもない。独特の河童を焼いておられる方です。

 今回の会場は、益子ではなく、JR小山駅の近く、『たから園(小山市立木1426−5)』とのこと。



 日曜日にでも、行ってみたいと思っています。

河童の本出版      2005/10/02

 今年は私の河童人生(^ム^;)にとって、記念すべき年になりそうです。

 4月に、『河童学博士』の商標登録を取得し、6月には河童連邦共和国に所属するかっぱ村『河童大学かっぱ村』を開村しました。

 そして今月の10月には、私が河童の概論と創作民話を書き、このホームページの河童博物館に収蔵されているコレクションを中心に自宅にしつらえたミニスタジオを使って撮影した写真を主に、全体の監修も私が担当した河童の本『河童平成絵巻』が出版となりました。

 著者として私の名前が正式に登録されている本としては3冊目、グループ共著を含めると7〜8冊目の出版物です。
 引き続き、まだ正式決定ではありませんが、東京の某キー・テレビ局から、番組に出演し河童について話して欲しいとの依頼がきています。

 十数年前から河童を愛好してはいましたが、このホームページを立ち上げたことが、自分へのプレッシャーにも励みにもなって、河童との付き合いを密にさせたと思っています。

 『石の上にも三年』ということわざがありますね。まさに、このホームページは丸三年を経過し、これまでの努力が、少しずつ報われ始めている、そう感じています。

 河童とホームページ、まだまだ、がんばってゆきたいと思っています。

かっぱ村開村      2005/07/04

 上野かっぱ村に所属することから始まった私の河童人生です。

 上野かっぱ村が閉村し、所属する村を失った私は、既存の他の村には入りたくなく、しばらく本部である大統領府所属国民として過ごしていました。

 しかし、村が基本の河童連邦共和国です。仮に一人でも一つの村の村民として参加することが趣旨に合っていると思い、誘いを受けていただける方もいらっしゃったことから、 意を決し、村を興すことにしました。本日現在、村人口は6人です。

 以前から、インタ−ネットの河童愛好者をグループ化したいと考え、河童大学を立ち上げていたので、その中に「河童大学かっぱ村」として開村し、河童連邦共和国に申請を行ったのです。

 地域が基本では無い村です。どこかの場所に集まり、わいわいがやがや、活動をすることができないことが欠点ですが、逆に、時間と場所に縛られない村でもあります。既存の村運営とはまったく異なった 運営手法が必要になるでしょう。

 それがどんな方向性なのか、これから徐々に検討し進めて行きたいと思っています。

 私にとっての、河童人生第二ステージの開幕です(^0_0^)


証書が届きました      2005/04/09

 登録料を振り込んで約1ヶ月、登録証書が郵送されてきました。

 特許庁長官の毛筆による自筆署名と公印が押された立派な証書です

 有効期間は10年です。10年後、権利を保持する意思がある場合は、保守料を支払い、新たな20年間の権利を継続させることができるのです。

 ご存知のように、登録商標とは、商業上の言葉(名称)の利用についての独占権です。言葉の一般使用における独占権ではありません。そもそも言葉は、その言葉を話す 民衆の共通の資産ですから、例外(ある種の侮蔑用語や差別用語などは、公の場での使用に制限がかかることがある)はあるものの、だれでも自由に使う権利を持っているのですからね。


商標が取れました      2005/03/10

 私にとっての河童は、民俗学的、民話文学的な関心もさることながら、河童を肴に楽しんでしまう。そんな下心が見え見えです(^ム^;)

 河童大学の運営や河童だいがく村の立ち上げには、まじめに探求する姿勢はもちろん大切ですが、遊び心が必要です。そして、それらの団体のイベントに花を添える意味で、 「河童学博士」の称号を使いたい。そう考えています。

 もちろん、同じ思いの人は多く、すでに使っている団体や、個人で自称している方も少なくなくいらっしゃることも知っています。

 そもそも、言葉は、物の発明などとは違い、言葉そのものとしての独占的な権利など主張はできません。だれが使ってもかまわないというのが基本です。

 ただ、例外として、商標としての使用については、登録制度による独占使用権が認められています。それが、商標権なのですね。

 私としても、「河童学博士」との名称を商標として使って商売を始める気持ちはありません。あくまでも「しゃれ」で使う。もちろん、他の団体や個人が自称しても 咎めるつもりなどまったくありません。

 ただし、私が商業利用ではなく使いたいということから、他の団体や個人や会社に、商業利用はしてもらいたくないと思っています。 そんな気持ちから、「河童学博士」の商標を私自身が取得してしまえば、そんな行為を見つけた場合には、法的に阻止できる。 そう思いたった私は、商標取得に動き出しました。そこで、その手順を紹介します。

 @まず第一にすでに取得されているかどうかの調査が必要です。取られていたら申請はできません。
 A取得されていないことを確認してから、法務省へ審査の請求を行います。
 Bそして待つこと半年弱ほど、認可可能という審査結果を受け、認可申請を行います。
 C事務的な処理を終えて認可番号が発行されます。
 D最後に、官報に告知され終わりです。

 おおまかな費用は、申請する権利主張の範囲(区分とよびます)の数にもよりますが、弁護士や弁理士を使い、二つの区分(区分は数十あります)で取得する場合は、ほぼ下記のようになります (弁護士・弁理士によって違いはあります)

 @ 3.0万円
 A 6.6万円
 B16.2万円

 ほぼ26万円ほどです。

 私の今の状態は、Bを終わり、Cを待っているところです。単なる事務処理待ちです。審査結果が取り消されるようなことはありえませんから、商標権は事実上取得したことになります。

 Cの段階までには、まだ1〜2ヶ月かかりそうですが、5月の連休の頃には、確実に証書を受け取っているでしょう。

 さて、この商標をどのように使って行こうか、考えなければならないことは、まだまだ多そうです(^ム^;)




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A.Sasaki@kappauv.com 佐々木