群馬県
河童駒引と骨接ぎ              群馬県太田市周辺

 ある人が、馬を川へひいていって、水浴びをさていた。馬主は、馬を川の端に繋いだまま畑の見回りに行った。
 すると、川の中から、カッパが出て来て、馬を川へ引きずり込もうとして、腕を馬のしっぽにからめた。驚いた馬は飛び上がり、うちへ飛んで帰った。このとき、カッパの腕は抜け、馬のしっぽにからみ付いていた。
 畑から帰ってきた馬主は、馬がいなくなったので驚いたが、家に帰って見ると、馬は厩に戻っていたので、安心してそのままにしておくと、しばらくして、カッパが泣きながらやってきた。聴くと、馬に腕を取られたと言い、返してくれと哀願した。
 そこで、馬主はカッパにたずねた。「抜けた腕をどうするんだ」。カッパは、「骨接ぎの秘薬があるので、直せるんです」そう答えたので、馬主は、腕を返す代わりに、秘薬の製法を教えてもらい、骨接ぎの医者になって栄えたそうだ。                   (上毛新聞社:『群馬のおもしろばなし』より)

解説:カッパの伝承として有名な三つの話がミックスしています。@河童駒引A河童の腕抜けB河童の傷薬。群馬県太田は、京都から日光までの『例幣使街道』が通る地域、交通の要所でした。全国からの旅人が、残した、各地の伝承が混ざって再編成されたのでしょう。
かっぱ駒引                    群馬県吾妻郡

 馬洗ってたところが、馬を川ん中へ引き込んで、かっぱが食うベえと思ったんじゃねんかなあ。そんしたところが馬がはねて、川から飛び上がったんで、かっぱの野郎がしっぽを手へ巻いて放す間がなくって、そのうちの馬屋まで引っぱって来られたって。馬屋の隅に隠れてた。
 馬屋へ草くれに行くと、隅の方に、人間の小せえ小僧っ子みてえようなのがいるんだそうだ。近所の人を頼んで引きずり出してもたところ、かっぱじゃあねかちゅう。殺すべえちゅうわけで、騒ぎ合ったら、かっぱが手を合わせたちゅう。
 そんときお医者さんが行って、「どんな者でも生き物を殺しちゃあだめだ」つって、「川へやるから」助けてやった。そこでかっぱが、何か紙みたいな物をくんろと手まねをするんで、やったところ、「まじねえを教えるから」ってゆって、頭の痛えとき、腹の痛えときにはこうしろと、三つばかり書いてお医者様のところに置いて、淵に行ってしまったって。
  (ぎょうせい社版『日本の民話』より)

解説:話の内容はポピュラーなものですが、語り口が、独特の伝聞調なのが面白い民話です。
ざぐり穴の河童                群馬県桐生市桐生川

 桐生川の上流に『ざぐり穴』と呼ばれる洞穴があった。いつのころからか、この穴の前の、平らな石の上で、かわいらしい少女が、ざぐり機を使って、布を織っている姿が見かけられるようになった。
 近所に、そんな年頃の娘はいない。きっと、河童だろうと、噂になってはいるが、いたずらをするわけでもなく、かわいらしい姿なので、村人は、そっと、見守るだけだった。
 この少女は、ときどき、近くの農家に、煎り豆をねだりにくる。ある日、たまたま豆を切らしていた農家の嫁は、断るのも恐ろしく感じて、豆の代わりに、小石を熱く煎ったのを、袋に入れて渡してしまった。
 怒っているだろうと、嫁は怖くなって家に引きこもっていたが、娘は何も言ってこなかった。しかも、翌日から、ざぐり穴の前に、娘の姿を見ることができなくなった。
 心配になり、恐る恐る、穴に入って見ると、そこには、娘が泣いていたのだろう、涙の水が溜まっていた。

解説:群馬地方の河童伝承には、他の地域とは違う、大きな特徴があります。河童は、わるさをする魔物ではなく、むしろ、お人好しで、人間にいじめられ、悲しむ、心優しい存在として伝承されています。義理や人情を大切にする上州気質が、そうさせているのでしょう。
会席膳を貸す河童              群馬県勢多郡黒保根村

 上州の黒保根は貧しい山村だった。それでも、関東の北の守りの地、武家の風習が残る地域だ。村で結婚式などがあると、参列者には、塗りの会席膳を使って、祝いの振る舞いをするのが習わしだった。
 裕福な地主や庄屋の家では、多数の膳を持っていたが、貧しい農民にそんなたくわえは無い。親戚に借りるなどして用意ができないと、婚礼すらできなかった。
 ある日、貧しく若い男が、かっぱ淵にしゃがみこんでいた。「困ったなぁ、膳を借りる当ても無い。これじゃ、婚礼ができない」。すると、突然声が聞こえた。「おい、会席膳が入用なのかい」水の中から河童が顔をだした。
 男は驚きはしたが、なぜか、怖くは無かった。「へい」素直にうなづいた。「そうかい、分かった。貸してやるから使え」。目の前には、りっぱな膳が山積みになっていた。
 この話を聞いた隣に住む男が、「よし、俺も借りべぇ」。かっぱ淵にでかけ、膳を借りてきたのだが、町に持って行き、売り飛ばしてしまった。
 その話を聴いた河童は、がっかりして、かっぱ淵から、ほかの場所に移ってしまい、今は住んではいない。

解説:河童の善意を、人間のほうが悪用した。河童は怒るでもなく、ただ、がっかりし、失望して去ってゆく。口承文学は、母親から子へと言い伝える民間芸術です。お母さんはなにを子供に伝えたかったのか。『やさしさが大切』、それを言いたかったのだと、私は思います。