屋久島
如竹とガラッパ                  鹿児島県屋久島

 安房は宮之浦についで大きい町で、屋久島ではもっともにぎやかなところです。
 むかし、室町時代のことです。泊如竹(とまりじょちく)という人がいました。如竹は藤堂高虎や島津公、琉球王にも学問をおしえたすぐれた学者でありました。晩年は、島に帰り住んでいました。
 ある日、安浦の船が鹿児島にのぼったとき、男からツボを預かりました。屋久島に着いてからツボの中をあけてみると、手紙が入っていましたが、だれも読むことはできません。そこで、如竹のところへ持って行きました。
 手紙には、「千人の人間の尻ごを抜いて、ツボに塩辛にして送れ」鹿児島川内の川の人から安房の川の人への手紙でした。
 そこで、如竹は、安房川の唐船川の川上に行き、岩に「南妙法蓮華経」と書きましたが、安房川のがらっぱが文字を消してしまいました。そこで如竹はまた聞きましたが、また消されました。根気くらべが七日続き、がらっぱがあきらめ、如竹が勝ったのです。
 それから、安房川では、がらっぱに尻ごを抜かれて死んだ人はいないそうです。
   (未来社版『日本の民話』より)

解説:屋久島が生んだ巨人、泊如竹伝説の一つです。如竹が書いたお題目を、河童が怖がるではなく、平気で消してしまう。仏法による勝利ではなく、単なる根競べというのが、面白い民話です。