妖怪学入門
第八章 河童の名称
 水の妖怪の名称については、全国各地に異称が広く分布し、その数は60近くもあるといわれています。もっともポピュラーな『河童』は、江戸時代の江戸(東京)・関東および一部の東北地方で使われていた方言です。
 さて、それではなぜ、『河童』なのでしょう。その謂れについては、各種の説がありますが、私は次の説が最も有力であると考えています。
 かつて日本人は、我々日本人(やまと人)とは別の、不思議な力を持つ人(先住民族)が、主に山の中に住んでいると信じていました。日本列島上に、複数の民俗が並存していると思っていたのです。そして、そんな人たちを『やまのひと(山人)』と呼んでいました。(柳田國男著:山島民譚集)
 山人の子供は、『やまのわらわ(山童)』であり、それが、夏の農耕の季節に、山から里に下りてくると、『かわのわらわ(川童)』になるのです。そして順次、『かわのわらわ→かわわらわ→かわっぱ→かっぱ→河童』と、変化したのです。
 なお、『かっぱ』は中国語ではなく、大和言葉ですので、『カッパ』とカタカナで書き現すのが正しいのですが、中国の漢字を使って「当て字」した表記法が、『河童』なのです。
 『河童』の名称や表記は、「やまとことば」ですので、『河童』は日本独自の存在です。たまたま、似たような妖怪の存在が海外にあったとしても、それは偶然と理解することが必要です。日本民俗学の創始者である柳田國男氏の著作にも、国内で採取された伝承と似ている伝承が海外にもあるからと、安易に比較し、伝来説、外来説を主張することは、学問的な錯誤であると、厳しく批判しています。
 最後に、中国の長編小説、西遊記に登場する『沙悟浄(さごじょう)』を、『河童』の一種と勘違いしている人が少なくありませんが、間違いです。『沙』という漢字は、『水が少ない』という意味の文字であり、水の妖怪とはまったく逆の、『砂漠の妖怪』の名称が『沙悟浄』です。
 中国にも、水の妖怪は多数存在しますが、中世から近世までに、中国から輸入された絵などに描かれている、最も有名な水の妖怪は、『水虎(すいこ)』でしょう。長江(揚子江)の中流域に住んでいると信じられているようです。

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